その51:
秋の日に
 

  10月22日、先日プーケット島にいく飛行機に乗っていて亡くなった、ラリッサ・ファイドさんを「偲ぶ会」がありました。いつも笑顔一杯で、仕事も出来る人で、「彼女がやってくれるなら安心」という感じの人でした。

  彼女が働いていたコミュニティーセンター付属の劇場で200人ほどの人が集まって、思い出を語ったり、音楽を演奏したり。また、ロビーでは、彼女の元気な写真のスライドショーを繰り返し映写していました。
  多くの人が、彼女はとても仕事が出来て、いつも明るくて、と言っていたのですが、最後の方で、実は彼女はかなり深刻な心臓の病気を持っていたそうで、朝起きた時には手足が痺れたようになっていたとか。また、照明の吊り変えをしたりするのに梯子で上ったりするのは、本当はかなり心臓に負担があったけれど、人には見せなかったとか。

  「早く亡くなったのは残念だけれど、もしかしたら、一番とは言わないにせよ良い死に方だったかも知れない。」

  そんな事は、2度照明をやってもらっていても全く知りませんでした。
寒くなった秋の日に、人間の命について、考えさせられました。
 
  ラリッサさんはナナイモで育ったのだそうです。
劇場を出るときに、「Mothers」の照明をプランしてくれて、先日ナナイモでも照明をしてくれたジョンさんにばったり出会いました。ジョンさんはナナイモに住んでいる人で、バンクーバーには仕事でしょっちゅうきているのです。

  バンクーバーは、小さい町で、また、ダンスのコミュニティは小さいので、どこで誰に会っても不思議ではないのですが。


 
そう言えば、先日たまたま我が家の近くで友人が経営する喫茶店に、立ち寄りました。「歌舞伎特集」の家庭画報の英語版を読みながらお茶を飲んでいたら、「Mothers」音楽を担当してくださった、ウエンディさんとご主人のロンさんが「お友達と待ち合わせていた。」とかで偶然久しぶりに会いました。来年の公演のこともあり、丁度連絡しようと思っていたところでした。

  来年は「曽根崎心中」をやろうと思っていましたので、その家庭画報をかりてきました。すると「曽根崎心中」のお初を52年やっているという坂田藤十郎さんのお話が出ていました。偶然が重なると、不思議です。そう言えば、お初の恋人徳兵衛は、「平野屋」の手代だったのですよね。ちなみに私が徳兵衛をする事になっているのです。
 
  10月23日の火曜日に、乳房再建をしてくれた医者の事務所から電話があり、乳首を作る手術を11月5日にしましょう、ということでした。すぐに血液検査に行くように言われました。何しろ再建手術をしてから丸3年。時間が経っていて、「忘れられているのだろう。もう、どっちでもいいや。」と思っていました。 
  そして次の日の朝、血液検査に行く途中でまた事務所から電話があり、「日にちを変更したいけど」と言われ、11月9日ということでしたので、「他には選べない?」と聞いたところ、「それなら、今度の金曜の26日なら。」と、急に決まりました。
  たいしたことではないと思っていましたが、案外大変で、再建した乳房のほうが大きかったので、小さくする、乳首を作る、若干のお腹のところの修正、をしました。朝、9時半に病院に入って、夕方4時に帰ってきました。結局は全身麻酔と部分麻酔でした。
 
痛み止めが胃にこたえました。まあ、それでも前回のことを思えば、軽いものですが。これで、左右のバランスがとれるでしょう。 本当に、ここでは鍛え(笑)られます。 

では

弥生
 


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