その3: バンクーバー
に住んで
 

  バンクーバーが、世界で一番住みやすい街の1位にまた選ばれました。今回は、オーストリアのウイーンとオーストラリアのメルボルンと引き分けたそうですが、でも、ここ数年はいつもトップに選ばれているようです。

  その基準は、自然環境、施設、医療、文化など12の項目があるようです。20位までに、カナダはバンクーバーを含む4都市が選ばれています。残念ながら、日本の都市は何位なのか、出ていませんでした。

  東京からバンクーバーに転居してみると、なんだかすごい田舎に来たような気がしたものです。便利といえば便利です。車で5分でダウンタウン。レストランも世界各国の料理が食べられます。病院も近い。でも東京のようになんでもあるわけではないし、何でも見れるわけでもない。
  もともとバンクーバーに住んでいる人達は、そうやって選ばれるものだから、世界でも有名な都市だと思っているようで、誇りに思っている。すごい都会なんだって。

  でも、私のようにあちこち旅した人間には、とても環境が良くて住みやすいところだけれど、だからと言って、都会ではない。ヨーロッパに比べれば、文化の質も歴史も浅い。
 で、じゃあ、「バンクーバーの良さ」というと、「これほど人種と文化の違う人が一緒に、かなり平等に住めているところは、他に知らない。」ということでしょうか。これは、なによりも誇りに思えるところなのではないかと思います。

  3回目の抗がん剤治療をしました。今回は今までで一番楽だったようです。私が抗がん剤治療をした同じ部屋で、同じ時間に、失業中の若い男性がやはり抗がん剤治療を受けていました。失業中でもなんでも、国で治療をみてくれるのです。安心して受けていました。

 


  抗がん剤の説明をしてみます。

  人体内の細胞の中で、一番早く成長するのが、ガン細胞なのだそうで、抗がん剤はそれに照準を合わせて。早く成長する細胞をやっつけるようにデザインされているのだそうです。だから、他に早く成長する良い細胞である毛や爪にも効いてしまうのです。(ちなみに私の爪は数本根元が黒くなっています。まつげはまだありますよ。つけまつげ買って備えてるんだけど。)勿論他にも頭が痛いとか、喉が異常に乾くとか。

  しかし、副作用を抑える薬の開発は日進月歩で進んでいるそうで、私は吐き気も嘔吐もほとんどなくて済んでいます。抗がん剤と一緒に最初に飲む薬が一番きつい副作用を抑える薬なのですが、24時間効きます。一錠20ドルで、一番高い薬です。そして、吐き気を抑えるためにステロイドを5回。その他、適宜吐き気止めを飲みます。私は、副作用止めの飲み薬で胃をやられるので、胃薬を飲んでいます。

  副作用で気がついたのは、筋肉が急に柔らかくなってしまうのです。これはかなりショックでした。脹脛がフニャフニャなんだもん。そして、地球の重力の強さを思い知らされました。全ての筋肉が下へ引っ張られていくのが感じられるのです。若い人の肌は日々作られている元気な肌で、重力には負けないのだけど、年を取ると皺ができるのと同じで、抗がん剤で今日作った細胞が死んじゃうから、古い肉しか残ってないってことらしいです。ウーン。

  まあ、いずれにしてもそうとうきつい薬であることは確かです。でも、お蔭様で、本当に小さくなりました。もう、1センチもないのではないかと思います。お医者様も、この調子でがんばって!ということでした。

  昨年の暮れは、本当に激動でした。母がバンクーバーに着いて、仮眠を取っていた時に、宝塚の弟から電話がありました。母の弟が亡くなったという知らせでした。船の水先案内をしていた叔父は、嵐のようだった海に落ちました。遺体が見つかったのがせめてもの救いでした。

  叔父は、私が子供の頃、一番慕っていた叔父でした。神戸商船大学を卒業して、日本郵船で船に乗っていました。船長もしていました。カッコイイ、思っていたものです。叔父のお土産に、外国への夢を馳せたものでした。

  そんな事もあり、髪の毛がぬけたこともあり、前回の通信はかなりエモーショナルだったかも知れません。励ましのメールをたくさん頂きました。有り難うございました。

  日系雑誌にバンクーバーのアートと人についての記事を書き始めました。3月号からですので、またお知らせします。また、テレビのインタビューは鬘で登場しています。その他、芝居の台本の翻訳を始めました。まあ、少しずつですが。
では、また!

                                                                                                         弥生

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