その28:
生きている事の不思議
 

 先日、気温が30度近くになったかと思ったら、また涼しい日々です。
  お元気ですか?

 
その暑かった日にウイスラーまでドライブに行きました。行く途中、なぜか胃痙攣になり、すごく苦しかったのですが、しばらくしたら楽になり、そのまま続行。ウイスラーでは親子の黒熊をロープウエイから見たり、残りの雪でスキーをしている人達を眺めながら、帰ってきました。

 何故、胃痙攣になったのか。多分、その前の週に、親知らずを抜いたのですが、その後、痛み止めや化膿止めをたくさんのんで、かなり胃に負担がかかっていたのだと思います。何しろ、「タイレノールを1回に2錠、4時間おきに飲みなさい。」というものでしたから。
 
もう、どんな小さいのでも、手術はしたくないよー。痛み止めを飲むのもつらいし、抗がん剤のせいで血管が細くなっていて、血液検査で血を取るのも、血管注射をするのも大変なのです。

 
ヨガの教室が我が家から歩いて5分足らずのところにあり、そこにほとんど毎日通っています。そこでは、ハサ、クンダリーニ、パワーなどのクラスがあり、それぞれちょっとずつ違って、また、インストラクターもたくさんいて、インストラクターの個性でヨガの後の身体の調子も違うので、結構面白いのです。同じ事をしても、スッキリする時と、身体が重くなる時があったりするのです。私だけではなくて、一緒に行った友人もそう言っているので、そうなのでしょう。少しづつ体力が戻ってきているような気がします。
 


 私の手術をしてくれたシェンカー医師は、予定していたクラッグストン医師が急病でできなくなった為、代わりにして下さったのですが、最近になって、そのクラッグストン医師が、亡くなられた事を知りました。3月初めに亡くなったのだそうでした。日本行きで忙しくしていたし、新聞にでていたのを気づかなかったのかも知れません。先日ラジオを聞いていて、「惜しい医師を亡くした。バンクーバーで一番の医師だった。」と言う事でした。
 乳がんの同時再建の手術ができる医師は、バンクーバーではあまりいないのだそうです。シェンカー医師も元々はオンタリオの人で、当時クラッグストン医師のところに研修に来ていて、昨年暮れにはオンタリオに帰られてしまいました。現在、バンクーバーでは乳がんの同時再建をするのに忙しくて、乳房全摘をして改めて再建をしたいと言う人は、
2年から4年待ちだそうです。今では、やっておいて良かったと思います。乳がんだった私がまだこうして生きていて、その手術をして下さる予定だった医師が亡くなるなんて、皮肉です。

  以前に、日系のテレビのインタビューアーをしていましたが、その始めの頃にインタビューをした染色家の方に偶然お会いする事がありました。知らなかったのですが、インタビューをした1週間後に乳がんの手術をなさって、ほとんど私と同じ頃に抗がん剤もしていたそうでした。その方が最近、我が家の近くに日本茶の喫茶店を始められたのです。お会いして、お互い、生きている事を実感し、勇気づけられました。

  10月の25日、26日の公演の準備を始めました。今、スポンサー探しをしています。義援金集めの催しなので、なるべく多く集めたいと思います。直接BCキャンサーファンデーション宛てにチェックを書いて戴くだけでも、嬉しいです。私がやる事で、乳がんでも、同時再建をしても、まだ生きているし頑張れるんだって事を伝えたい。患者の方やその家族の方達を勇気づけられる事ができたら、本望です。今、一緒に活動して下さるボランティアの方を捜しています。企画書など出来ています。興味のある方は、スポンサーでもボランティアでも、ご連絡くださいね!

  6月21日から7月7日までは、エドモントンで展覧会と公演、ワークショップがあり出かけています。www.theworks.ab.ca でフェスティバルを検索、サイト#6を見るとその情報が出ています。                                                                 (site#6)

 10月の公演の稽古は、帰ってきたら本格的に始めようと思っています。音楽もほぼ決まりましたし、お面も1面制作中。

 では、また!

                                                                                                    弥生

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