その2: 「袖刷りあうも他生の縁」という言葉の通り・・・
 

 今日、友人と話していて、
日本人でワーキングビザで一年バンクーバーにきている彼女、Aさんの話しです。
でも、食事前には読まないでね(^。^)

 Aさんは2,3週間前から何故か右足だけが浮腫んでいて、ついにファミリー・ドクターに行きました。先生は、「腎臓か肝臓か、ただの運動不足か。でも念の為に血液とお小水の検査をしましょう。」というので検査しました。そのファミリードクターは月、水曜だけの担当で、木曜に別の医師が担当でした。検査が木曜に分かったので、聞きに行きました。
その医師は結果をみて、「腎臓肝臓は問題ない。でも、白血球の値が普通より高い。こういう場合は、寄生虫がいる場合があるので、検便の検査をしたほうがいい。」というので、検便検査をすることになりました

 でも、何故足が浮腫んでいるのか、原因はわからないというのだそうです。でも、一応お小水が出やすい薬を出されたそうです。で、検便検査の容器をまらってきました。「少しでいいからね。」と看護婦サンに言われて、そのつもりで日本の小学校での経験から、トイレで紙に採り、少量を検査の所に持っていったんだそうです。そしたら、「これじゃあ足りない。」といわれ、別の入れ物(直径2センチ、7センチの長さの筒)を2本渡され、なおかつ採り方も詳しく説明されたそうです。まず、トイレでしてはいけないことと、紙にとってはいけないこと。水に濡れたり、紙のばい菌がついてはいけないのだそうです。でどうするか。ビニール袋にいれるんだそうです。そして渡されたへらですくってその筒にいれるんだそうです。しかも、4時間以内の新鮮なやつじゃなきゃだめなんですって。

 なんで、足が浮腫んで検便なのか、良く分からない。しかも結局足も浮腫みの原因はまだ分からない。ちなみに検便の検査結果は木曜にわかるんだそうです。なんだかね。もう話しを聞きながら大笑い。その時本人は笑いごとではなかったそうですが、自分の便と格闘しているところを想像すると、結局は自分でも笑っていたようです。
 


 
そうなんですよね。深刻なことでも、笑い話しにしようと思えばできるんですよね。

 今回のキモセラピーの副作用で、咳がひどかったのです。もっとも、その前に夫が仕事先からもらってきた風邪をうつされて、たいしたことはなかったのですが、ようやく良くなったと思ったころに抗がん剤治療で、白血球が低下したため、それも重なって、かなりつらい乾いた咳でした。しかも舌が真っ白になり、痛いし味はしないし。鼻も乾いて痛いし。で、結局中国漢方の所で薬を調合してもらって、咳は治まり、舌も赤みが出て、普通の生活になりました。で、つらいときは、夫が風邪さえもらってこなければ、とか、一番大事なときになんでうつすんだ、とか、思ったものです。今日、良くなって掃除をしている時に、ついベランダに帽子もかぶらずに出たら、頭がスースーして寒いの。
 そうか、頭がスースーして、頭から風邪引いたんだ、と思ったら、可笑しくて。そんなことがあるのかどうかわからないけど、そう思うと、誰を責めることもなく、第一可笑しいでしょ。風邪が私の坊主頭から入ってくるところを想像すると。

 何でこんな病気になったのだろうと思いますが、これも私に何かを気づかせるためなのでしょう。自分が病気になって「可哀相」と思ったことはありません。もし、どなたか可哀相と思っていらっしゃる方がいらしたら、その必要はありません。人は何かを学ぶ為に生きているのだと思います。その何かを学ぶために必要な状況にいつも立たされているのだと思っています。私は私のこれからの人生にとって、とっても重要な何かを学ぶために、もう一歩大きくなるために、この状況を与えられたのだと思っています。
 神様は、その人に抱えきれないほどの試練は与えないものです。(私は仏教徒でもキリスト教徒でもその他の何の教徒でもありません。でも創造主としての神は信じています。念の為。)

 「袖すり合うも他生の縁」という言葉があります。このメールを送らせて頂いているということのご縁は、ただ袖すりあっただけではないのでしょうね。ならば、私の経験が何かのお役に立てば、と思いここまで続けてきました。でもそろそろ転換期のようです。
何しろメールって一方的で、迷惑なときもありますものね。

 今後この通信の受け取りを止めたい方は、そのまま送り返して下さい。

 では、お元気で!また!
                                                                                                         弥生

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